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Walk

Author:Walk
肉を食べ酒も飲み、妻も子供も居る全くの一般人です。それでも道を求める手立ては有ると信じて、至らぬながら日々、禊(みそぎ)と鎮魂(ちんこん)の霊的トレーニングを行なっています。そんな一修行者の独り言を綴ります。

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謹賀新年 (2016年)

[謹賀新年] ブログ村キーワード

明けましておめでとうございます。

皆様のご健康とご繁栄を心よりお祈り申し上げます。


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テーマ: スピリチュアル
ジャンル: 心と身体

お知らせ

霊に関する総合知識サイト「霊をさぐる」のホームページが更新されました。

霊をさぐる為には どうすれば良いのでしょうか?

リンク= http://www.interq.or.jp/mercury/w22525/sagurutameni/index01.htm

※ 携帯用リンク

ダイアモンド富士

テーマ: 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル: 心と身体

定義

ものごとの定義は国際化の進んだ現代では、特に重要と成って来ているように思います。

何かを作るという時、例えば1センチという定義がA国とB国では、全く別の大きさを表す時、A国とB国では同じものを作る事が出来ないばかりか、場合によっては不良品が出来てしまうし、A国とB国の共同で仕事を行なう事は、不可能と言えるでしょう。

コミュニケーションを行なう上でも、A国とB国が共通の言語を使うか、または相手国の言語に合わせて行く必要が有ると言えます。

人や国が違えば定義や規格が取り決められていないと、円滑に物事を進める事は困難なものです。

しかしながら、宗教的・霊的世界では、そこで用いられる用語の定義はかなり曖昧さを感じます。

それは今まで、そういった世界が閉じられた世界で相互間の交流が少なかった事により、定義を統一する必要が無かった事にも起因するかも知れません。

「神」と言う言葉に対する定義も様々です。

宇宙の創造主を信仰する「一神教」、太陽、月、海、川、山とあらゆるものに神を認める「多神教」、過去に大きな功績を残した人の神格化、特別な霊力を持つ動物や物品への信仰。

あらゆる形態が存在します。

最近話題のスピリチュアルと言われる世界で良く用いられる「守護霊」という用語も、ある方は生まれ年、生まれ月によって守護霊は決まると言い、ある方は亡くなって間も無いおじいちゃんやおばあちゃんの霊魂が成ると言います。

その他にも様々な方面で、それぞれの定義が有るようです。

それぞれの定義は、その閉じられた世界の中では、それで問題が無かったと言えます。

但し、現代のようなインターネットで少し検索すれば、あらゆる情報が氾濫する世の中では、それが災いして、同じ用語一つを取っても様々な解釈が登場してしまいます。

それは何も知らない人からすると、混乱の原因とも成りかねないでしょう。

あらゆる人があらゆる情報の中、気に入ったものを知識として詰め込み、またあらゆる宗教的・霊的作法を織り混ぜて、それをおこなったりもします。

しかし、そうした事はやがて絶望的な人格を作り上げてしまいます。

宗教的・霊的作法には本人が求めずとも、必ず霊魂が関わって来ます。

そして高い世界の霊魂との交流は、あまりにも次元が掛け離れているので、この世の外国人との交流よりも余程、きっちりとした双方の定義、約束事が無いと上手くは行きません。

あの世とこの世のコミュニケーションは、人が思う以上に難しく単に心の中で祈れば高貴な存在に必ず届くというものでは無いのです。

定義や約束事が無ければ、逆に高貴でない方の霊魂、より地上世界に近い霊魂(未発達霊魂・邪霊)の目に止まり、
そうした存在との交流が頻繁に成る可能性も有ります。

それは気付くと、邪悪な霊魂との交流を「自分はキリストやブッダの生まれ変わり、宇宙の大霊と交流している」と錯覚しているかも知れません。

我田引水では有りますが、私の場合、高貴な霊魂との定義・約束事の交わされた「霊的トレーニング」という技法を行っています。

それは高貴な霊魂との約束事で成り立つ特別な作法と言葉で組み立てられ、その守護と御力を頂く事が可能に成ります。

動作一つ取っても、約束事が有れば、この動作の次にはこの動作が来ると、高貴な霊魂からすると、その流れを読みやすく成り、霊的な力を掛けやすく成ります。

逆に毎回違った動作をしていては、遥か高い違う世界の霊魂からすると、その動作の流れは全く読めなく成ります。そうなると、折角、霊的な力を掛けても空振りをしてしまう事に成ります。

また約束事の交わされた特別な言葉は、高貴な世界と交流する扉を開く為の、暗号またはパスワードのようなものと考えて頂くと分かり良いかも知れません。

約束事を前提とした作法や言葉は高貴な存在との交流を深める事を可能にします。

約束事が無く単純に目をつぶり1時間も2時間も瞑想しても、高級な霊的エネルギーを受ける事は出来ないばかりか、低い霊魂による憑依の危険性をも孕んでしまうと言えます。

約束事を前提とした作法や言葉は非常に大切で、決して一つ一つを疎かにせず、守らなければならないものと言えます。

「神霊」。霊魂学による定義は、神質界で神体を表面の身体とする、霊的生命体としての最高の存在。
よって本来どの国の神といった小さな存在では無く、巨大で高貴な存在に対して人間の側が様々な名前を付けているのだと言えます。

「守護霊」。上級幽界の存在で人の一生と他界する頃までの間、人の霊的な進歩の為、人を導こうとする高貴な霊魂。

これまで宗教的・霊的な世界はあまりに閉ざされた世界で発展して来ました。

しかし人や国が繋がる現代だからこそ、宗教同士が争いをしている場合では無いし、霊的世界の真実(法則)を知った上で、お互いの立場を尊重しながら、共存して行く必要が有るのでは無いでしょうか。

人同士、国同士、または人と神、いずれの関係も、相互できちんとした定義の前提が有ってこそ、初めてより良い交流が生まれて来るものだと思います。

<霊って何?>

霊って何?

テーマ: 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル: 心と身体

光と闇

キリスト教の聖典では、天地が別れ未だ混沌とした中、神は「光有れ」と宣うた時、光が現れたと言います。

それは光の前に闇が有り、闇の前に更に何かが存在する事を指しているのでは無いでしょうか。

光と言えば明るさを持たらします。

光が照らしてくれなければ、人は何の活動も出来ません。

でも光も明るすぎれば、人は却って落ち着かない場合が有ります。

寝る時は、通常の場合電気は暗くするものです。

その時々に於いての適度な明るさが必要で、逆に闇も心身の休息や安らぎの為には必要だと言えるのでしょう。

日本の神道などでは「浄闇」(じょうあん)と言って、わざわざ真夜中にかがり火だけで神事を行う場合も有るようです。

世の中では殊更に「明るい」事が最も大切だという風潮が有ります。

「笑う門に福来る」

もちろん社会生活をする上で、性格が明るいに越した事は有りません。それは人間関係をスムーズにし、人ととの関わりの中での潤滑剤とも言えるでしょう。

ただその明るさが、今有る現実を無視した明るさで、その明るさの蔭でもし泣いている人が居たとしたらどうでしょうか。努力した人が富を持つ。それは公正な競争社会として見れば仕方の無い事なのでしょう。

寝る間も惜しんで勉強し、それ相応の学校へ入り、会社へ入り更に残業三昧、努力するならそれ相応の報酬は貰うべきでしょう。

しかしながら、現代の社会は必ずしも公正な競争社会の上だけに成り立っているとは言えません。
不正な行為や不当な搾取も罷り通っていると言えます。

そういった現実を無視して、毎日、パーティーを開き、湯水のようにお金を使い「今が楽しければそれでいい」ではいつかはきっと虚しい思いに責め立てられる時も来る事でしょう。

それ以上に外部的要因により、その職を退かさせられる事も有るかも知れません。

いくら明るく楽しく、お酒も飲んで騒いでも、現実の壁や、困難は決して消える事は有りません。

明るい事。楽しい事。それはそれで良い事。

但し、それは様々な現実を見据えた上での、壁を困難を乗り越える為の活力としたいものです。

現実を見据えない、単純な明るさはただの現実逃避で有って、一つの罪と言っても過言では無いでしょう。

寧ろ、深い苦悩に耐えて来た深いその皺と眼の人を見る時、そういう人にこそ高貴な何かを見出だされるような気がします。

人は現実を見なければ成りません。

その上で対策を講じ、明るい未来を模索しなければ成りません。

単純に笑っているだけでは何も変わらないと言えます。

神や霊魂が存在するか。あの世が有るか無いか。真実は必ず一つ。

神が居らっしゃるとすれば、光も闇も、善も悪も包含し、超えてしまっているのが真の神だと思います。

人は霊的な生命体であり、神を求め霊魂を知らなければなりません。

その上で人類の未来を不幸に向けて行く「霊的カルマ」を乗り越えなければならないと言えるでしょう。

※ 霊的カルマ=人または人類の持つ魂の穢れ。幽体の意識の衝動として表面の意識では、知らず知らずの内に人の人生に大きな影響を与えてしまいます。

<霊って何?>

霊って何?

<雪景色>

雪景色

テーマ: 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル: 心と身体

お知らせ(2011/2/13)

ブログのテンプレートを変更致しました。

また「霊魂学 ホームページ (リンク集)」の復旧・修正を完了致しました。

こちらの拙文のサイトよりも、優れた霊魂学関連サイトが多数有りますので、是非ご覧下さい。

可能なサイトへは(携帯用リンク)も付加致しました。

一般携帯電話からの閲覧にもお役立て頂ければと思います。

★ 霊魂学 関連ホームページ(リンク集)

テーマ: 思ったこと・感じたこと
ジャンル: 日記

霊魂学 ホームページ
◆ Walkの霊的トレーニングの師のホームページ



⇒ 霊に関する総合知識サイト

霊的情報館・霊を探る

⇒ れいをさぐる(スマホ版)



⇒ 人間の心、霊、意識を考察



⇒ 契山館についてのご案内

banar3

⇒ 水波霊魂学紹介サイト
水波霊魂学 書籍集
霊魂学関連サイト(English)
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