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Walk

Author:Walk
肉を食べ酒も飲み、妻も子供も居る全くの一般人です。それでも道を求める手立ては有ると信じて、至らぬながら日々、禊(みそぎ)と鎮魂(ちんこん)の霊的トレーニングを行なっています。そんな一修行者の独り言を綴ります。

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ご利益と真実

最近、パワースポットという事がテレビ等でしきりに取り沙汰されています。

パワースポットという言葉が使われ始めた当初は、一時期、流行した森林浴のように癒しであるとかリフレッシュを求めて出向く形態だったようです。

それがやがて、スピリチュアルや風水では気のエネルギーの強い場所、科学的な見地では特別な地磁気の有る場所と様々な意味が混沌として、日本人特有のはっきりした意味は良く分からず、何でも取り込む闇鍋状態で流行しているような感が有ります。

単なる自然の造形がパワースポットと呼ばれる事も有りますが、多くの場合は古くより何らかの宗教的聖地と呼ばれて来たところが多いようです。

単なる自然の造形で有れば、美しい景色による心の癒しや綺麗な空気を吸って心身の健康増進を図れば良いのでしょう。

但し気を付けなければならないのは、宗教的聖地と呼ばれて来た場所は単なる観光スポットでは有りません。

古い時代、または現代でも祈りが捧げられ宗教的儀式が行われている場所でも有ります。

そういった場所は多くの場合、人の祈りや儀式に呼応した高低様々な霊魂が来ています。

もしパワースポット巡りとして来訪した人が、その場所・施設を汚したり壊したり、または信仰対象に暴言を吐いたりと不敬な行為・言動が有ると、そこに来ている霊魂はそうした不敬行為を許せません。

何故なら、そうした霊魂達はそれが真実であるかは別として、そこに祭られている信仰対象に仕えているつもりで居るからです。

場合によっては罰を当ててやろうと思う事も有るようです。

現実にパワースポットブームで宗教的聖地へ赴く人のモラルが問題と成って来ているようです。

信仰心は全く無いけれども、そうした場所の写真だけ撮って、携帯の待受、パソコンの壁紙にしていれば運気がアップすると喜ぶ方も居らっしゃるとお聞きします。

少なくともそうした場所へ行く時は、霊魂が居る事を前提として、頭の一つくらいは下げる最低限の心構えは必要と言えるでしょう。

それからパワースポットと言うだけ有って、そこに強い気の力、エネルギーを期待して訪れる方が殆どだと思います。

しかし大切なのは気の力、エネルギーの強さでは無く、その質が問題なのです。

もしパワースポットと言われる場所の管理者が、そこに祭られる信仰対象を全く信じる事無く、お金儲けの事ばかり考え聖地を利用しているのだとしたら、その場所に高貴な霊魂が来る事は無いし、高級な力が降りる事も有りません。

逆に「我こそは神なり」と邪悪な霊魂が居座り、強いけれども邪悪なエネルギーが満ちているかも知れません。

確かにこの世のご利益は叶うかも知れません。

金運がアップするかも知れないし、恋人が出来るかも知れない・・・。

でもそれは大きなツケであり、悪魔に魂を売る事であり、邪霊と二人三脚の人生を歩み、死後は下層の世界へ引きずり込まれるかも知れません。

その代償は非常に大きいと言えます。

でも仮に高級な霊的エネルギーが満ちた場所が有り、そこへ行くなら諸々の霊的な穢れが清められ、魂の力が増し、高貴な霊魂と密着して自身の生まれた目的や使命に向かいやすく成ると言えるでしょう。

もちろん死後はより上の世界に進みやすく成ると言えます。

その場所が霊的に高級なエネルギーで満ちているかどうか。それは権威や伝統、豪奢な施設・建築では推し量れません。

ひょっとすると、誰からも忘れ去られた名も無い岩や木に高級な力が降りている事も有るかも知れません。

現代は文明は発達しましたが、神や霊魂を否定する人が増え、高級な霊的エネルギーが降りる場所は非常に少ないのが現実です。

寧ろ、霊的に低いエネルギーが至る所に満ちていると言えます。

やはり流行りは流行りでしか無く、そこに真剣な思いが無ければ、なかなか本物には巡り会えないと言えるでしょう。

高級な霊的エネルギーは本来、霊的な修行を極めた達人が中心と成って、多くの人が集まり、高貴な存在を求める事で初めて降りて来ます。

我田引水ながら、私の所属する「契山館」では禊と鎮魂の非常に高度な霊的トレーニングの体系を神的達人または達人の命を受けた指導者が中心と成って、魂の向上、霊的な成長を目指す人達が集まり、高い力を呼びそれぞれの器に応じてその力を受けます。

または私達が「霊的集会」と呼ぶ特別な霊的儀式に於いては、とても一人では呼べない高い力並びに高級な霊魂団を参加者が心を合わせてお呼びします。

そして神的達人を通じた高級な霊魂団よりのお言葉(霊言)により、霊的真実(霊的な法則)並びに人が霊的に成長して生きる為の道を示して頂きます。

安易なところからは何も生まれません。

人は何故生まれ、何処へ向かって進んで行かなければならないのか。

高貴な存在と高級な力を求めるなら、それは目先だけのご利益では無く、魂としての真の幸せに繋がって行きます。

その為に一人でも多くの人が霊的な真実を求めて欲しいものだと願います。

<霊って何?>

霊って何?

※ 携帯用リンク

<春の気配>

春の気配
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テーマ: スピリチュアル
ジャンル: 心と身体

ムー大陸

[超古代文明] ブログ村キーワード

ムー大陸は広く神秘思想家の間で信じられている伝説の大陸です。

アトランティスと並び超古代文明の象徴とも言えます。

数多くの出版物が出されていますが、中でもジェームズ・チャーチワード氏の著作は有名と言えます。

彼の著作では約1万2000年以上前に、太平洋上に有ったと著されています。

しかしながら「霊魂学」ではもっと近い年代に存在したとします。

ムー大陸には、元々、高度な霊的トレーニング(神を求める為の霊的技法)が存在し、それを用いて霊的な成長を目指す人達が居ました。

その霊的技法(禊法)は海を渡り日本にも伝わりました。

内容は古代とは全く異なるものと成ってしまいましたが、現代でも「禊」(みそぎ)と言えば名前を聞いた事が有る方は多いのではないでしょうか。

しかしながらムー大陸ではやがて、そうした霊的技法は忘れ去られ、ムーの人達は物質的享楽のみを、追い求めるように成りました。

それは新たな霊的カルマを生み出し、大陸には邪悪な霊魂で一杯に成ってしまいました。

そうした霊的状況を断ち切る為、神々の世界より一人の偉大な大神人が誕生されました。大神人は高貴な霊的技法と霊的真実を説かれ、そしてムーの人達に大陸の危機的状況も警告しましたが、大多数の人達は無視し、そればかりか妨害や攻撃をする人達まで居ました。

ムーの人達は神々よりの光によって霊的カルマを解消する事無く、大自然による清算として、大陸は海の底へと沈む事と成りました。

現代の日本では文明は非常に高度に発達しましたが、無神論または目に見えない存在は信じても、単なるご利益主義の人が多く、ムーの頃と同じく物質的享楽の為に生きる人が多く成ったと言えます。

もちろんそうでない方も居らっしゃるとは思いますが、それでも大多数の人がそうでなければ、人類全体の霊的カルマに巻き込まれてしまいます。

現代は、沈没前のムー大陸のようです。

いやそれ以上に悪い霊的状況だと言えます。

日本を初め、太平洋岸の国々には、ムー大陸と共に沈んでしまった人が、かなり生まれ変わっているようです。

歴史は繰り返すと言いますが、それは何としても一人一人の霊的努力により、断ち切らねば成りません。

それでも繰り返せるうちは、まだましなのかも知れません。

人類史上、ムーのキリスト、イエス師、シャカ師といった、数名の方が真の神々の世界より、地上へ人間として誕生されましたが、人類は悉くそうした大神人を無視し攻撃し、甚だしくは磔にまでしてしまいました。

世界を見渡すと政治・経済・天変地異。暗いニュースが多いと言えます。

今度の終末はラストチャンスかも知れないのです。

多くの方が霊的真実を知り、霊性を向上させ、自身の生まれた目的と使命の達成を目指し、そして地上に高級な霊的空間を作っていかねば成りません。

そうすれば自然に邪悪な霊魂達は去り、真の神々の力に多くの人が感涙する時代が来るのでは無いでしょうか。

日本の古代にはムー大陸より高度な霊的技法が伝わり、その技法により霊的進歩を遂げた日本の古代人が高級な霊的文明を築いた時代が有りました。

それだけに日本の人達の霊的使命は大きいと言えます。

今こそ人類は変わらねばならない時代なのです。

<霊って何?>

霊って何?

テーマ: 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル: 心と身体

親と子

子供を見ていると、いろいろな事で泣いたり怒ったりしています。

オモチャが何処かへ行ったとか、コップがいつも使っているのと違っているとか・・・。

親からすれば、ほんとに些細な事に見える事も有ります。

でも、子供にとってはそれがとても重大な事のようです。

まるでこの世の終わりと言わんばかりに、烈火の如く泣き叫びます。

そうなると親としては、つまらない事と思えても放っておけなく成ります。

とは言え、何でも子供の言う事を聞いていても、我がまま放題の子供と成ってしまいます。

なので全て子供の要求に応じる事は出来ません。

ほんとに小さい頃は言って聞かせると言う事は無理で、駄目なものは駄目と言うしかありません。

それでも段々と成長するに連れて、なんで駄目なのか説明すれば、少しづつですが、理解してくれるように成ります。

では、霊的な意味での親と子の関係はいかがでしょう。

霊的な意味での親と子は、高貴な霊魂と地上の人間の関係と言えるでしょう。

高貴な霊魂方からすれば、この世での人間の生活は魂の長い歴史からすればほんの一瞬の出来事です。

また人間は本来霊的な生命体ですから、高貴な霊魂方からすれば、人間がこの世の富や名誉や地位ばかりを、追い求める事は理解し難いようです。

高貴な霊魂方は、人間が本来霊的な生命体である事に目覚め、霊的な成長、魂の進歩を求めて欲しいと願っています。

この世の親と子の関係ですと、子供の成長に連れて段々親の言う事を理解出来るように成り、いつしか自分が親とも成れば、親の苦労というものがはっきり分かって来ます。

しかしながら、霊的な親と子の関係は、人類が誕生して以来、縮まる事が有りません。

この世に高貴な神的、霊的存在の代弁者が立たれ、様々な警告や啓蒙を行なっても、人類はそうした方を無視し続けました。

また高貴な神的、霊的存在の代弁者を攻撃し磔け(はりつけ)にした歴史も有ります。

人類はこのような事を繰り返し、ずっと堂々巡りをしています。

いくら科学や文明が発達しても、霊的には進歩しているとは言えません。

この世の繁栄や平和も、人間の霊的な成長を伴ってこそ本当の意味を見出せると言えます。

そろそろ、この堂々巡りを断ち切らないといけないのだと思います。

人類は、いつまで霊的な幼児のままで居るのでしょうか。

テーマ: 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル: 心と身体

人類の未来

[予言] ブログ村キーワード

ひと昔前にノストラダムスと言う方の予言が話題に成りました。

世の中では1999年に世界が滅びるのでは無いかと騒がれたりしたものです。

でもご存知のように世界は滅亡する事無く、今もこうして存続しています。

予言というものは、様々な解釈が出来るようで、予言は外れたとか、当たっていたとか一部で論説が為されてもいます。

あれから時が経ち、ある神秘思想家の方々の間では、新しい予言が持てはやされるように成っているようです。

現在の世の中の自然や経済等の大きな流れは、ある方面では世界の滅亡、
ある方面では世界の昇華への前兆として捉えられています。

ただ私個人として感じる事は、滅亡で有っても、昇華で有っても、それを前提として、多くの人がどれだけ行動したり準備をしているかという事です。

単なる心配、または期待だけしても、そこに何ら行動が伴わなければ、世の中は単純に流れるだけで、変化はしていきません。

滅亡か。昇華か。どちらも外れるのか。私には未来は分かりません。

ただ言えるのは、人類一人一人の霊的カルマが有って、それらが集まり人類全体としての大きな霊的流れが存在するのは事実です。

そしてその流れは、あまり明るいものとは言えないのも事実です。

だからと言って、人類がいつどうなると日時を明言出来るものでは有りません。

それは人類が努力・行動する事によって未来は変化し得るからです。

もし予言者が真剣に人類の未来を考え残した言葉なら、世の中を騒がせる事を目的としているのでは無く、予言を元に人類が何らかの行動を起こす事を本意としているのでは無いでしょうか。

悲観の滅亡説、楽観の昇華説。いずれにしても待っているだけでは駄目だと思うのです。

ひょっとすると、良くも悪しくも何も起こらないかも知れない。

このまま人類は物質文明に恵まれ、この世の欲望と享楽のみを求め、霊的な向上を求める事無く、末永く存続していくのかも知れません。

でもそれは本来、霊的な生命体としての人間にとって、本当の意味での幸せと言えるでしょうか?

霊的な向上を求めない多くの人が、下層幽界へ吸い込まれていくかも知れない。

それを考えるとノストラダムスの予言で言う「天から恐怖の大王」が降って来なかったのは、人類の霊的な未来を暗くしたのでは無いかと思えてしまいます。

「恐怖の大王」とは人類のこの世の善悪の基準・判断を超えて居るからこそ「恐怖」に見えてしまうので有って、実は真の神的存在による救いを表すのだったとしたら、単純に予言が外れたと喜んでも居られません。

予言の的中か否かで一喜一憂するので無く、予言が真に何を目的としているのかを考えて、その上で一人一人の今出来る事を為していく・・・。

その積み重ねが有って初めて、人類の未来は本当の意味で変わっていけるのだと思います。

<霊って何?>

霊って何?

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