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Author:Walk
肉を食べ酒も飲み、妻も子供も居る全くの一般人です。それでも道を求める手立ては有ると信じて、至らぬながら日々、禊(みそぎ)と鎮魂(ちんこん)の霊的トレーニングを行なっています。そんな一修行者の独り言を綴ります。

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悪人

人は良くないと分かっていても間違いを犯し、そして繰り返してしまう生き物と言えます。

もちろんそれが法に触れるような犯罪行為では論外ですが・・・。

しかしながら例えば身体に悪いとは分かっていても、タバコやお酒、暴飲暴食、不摂生がやめられないとか、
そういった類の事は日常茶飯事だと思います。

また異性問題で有るとか、仕事をおこなっていく上で倫理・道徳に照らし合わせた時の矛盾や葛藤。

人は生きていく上で、さまざまなものを抱えながら生きています。

そして純粋な人ほど自分のような汚れた人間は居ない、自分のような人間は清らかな場所は相応しくないと自分を責めてしまいます。

自分を責め過ぎて、却って失敗を重ね悪循環に陥る場合も有ります。

しかしながら、善悪の基準は時代や国、その人によって変化していきます。

ましてや神や仏といった高貴な存在は、地上の全ての善悪を超えてしまっていると言えます。

多少、人間が善行を積もうと、多少の間違いや失敗を犯そうと、高貴な存在からすれば、大きな差は無く同じ可愛い子供として映る事でしょう。

未熟でも不完全でも、それでも胸に飛び込んで来る子供は可愛いし、抱きしめてしまうものです。

神は我が子をいつも慈しみ探していて下さるのに、自分は恥ずかしい姿だからと逃げ惑う必要は無いと言えます。

寧ろ、自らの未熟さ至らなさを自覚し、その姿に涙している人をこそ、高貴な存在は心配をし何とかしてやりたいと思っていらっしゃるでしょう。

鎌倉時代のある偉大な仏者は仰いました。「善人なおもて往生を遂ぐ、いはんや悪人をや。」と・・・。

大切な事は、難しい理論も理屈も要らない。人格者である必要も無い。遠慮する必要も無い。

子が親を思うように、ただ素直に神の懐へ飛び込む事が出来るかどうかなのだと思います。

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