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Author:Walk
肉を食べ酒も飲み、妻も子供も居る全くの一般人です。それでも道を求める手立ては有ると信じて、至らぬながら日々、禊(みそぎ)と鎮魂(ちんこん)の霊的トレーニングを行なっています。そんな一修行者の独り言を綴ります。

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幼稚園

[幼稚園] ブログ村キーワード

すっかり春らしい時節と成り、入園・入学を迎えるご家庭も多い事かと思います。

私のところでも先日、子供の入園式へ行って来ました。

子供が生まれたばかりの時は、なかなか親の言葉を赤ちゃんに理解して貰える訳では有りませんが、今では親の言う事に、いろいろな突っ込みまで入れて来るように成り、いつの間にか子供というものは、成長するもんだなとしみじみ感じてしまいます。

育児について右も左も全く分からなかったあの頃が、今と成っては昔のようで懐かしいものです。

入園式では新しい園児と両親でごった返す中、この日の為に用意して、まだ不慣れなビデオカメラを回すのは、なかなか大変でした。

慣れない上に、みんながみんなベストショットを狙って、ベストポジションを取りたいので、そういった中、自分の子供の姿を捉えるのは、簡単なようで以外に難しいものです。

良くニュースやドラマ等で、ビデオカメラを回すお父さんお母さん方を見たりして、今まで人ごとのように思っていましたが、まさか自分がそのような立場に成るとは・・・。

親は子供の成長を喜び、子供も気持ちの上では大人のような気分。

大人の真似をしたり、大人びた事も随分言うように成ります。

それで居て何か有ると泣き叫んで、「パパ、ママ」と名前を呼びます。

子供は子供なりに、全身全霊で遊び学んで、真剣に泣いたり笑ったりしています。

おもちゃ一つが壊れでもしたら、子供にとっては人生の一大事です。

大人から見ると、なんでそんな事でそこまで泣くんだろうと感じ、また些細な事で飛び跳ねて喜ぶ姿に感心したりもします。

また逆に、子供から親を見た時、大人の感情、恋愛は理解出来ないし、深い愛や知恵は尚更と言えます。

稀に幼くしても大人以上の知識や技術を持つ、お子さんも居ますが、でもやはり大人のような精神性を、持ち合わせるには、長い年月が必要だと言えるでしょう。

いつも申し上げて居りますが、人は本来霊的な生命体です。

人はこの世の生命体としては、至上の存在と言えるのでしょう。

しかしながら霊的生命体としての観点から行くとそうでは有りません。

霊的生命体である人間の親とも言える存在は、神霊そして高級霊魂方と言えます。

高貴な存在と人間の意識にはあまりにも大きな開きが有ります。

それは人の肉体の脳を遥かに超えた存在だからと言えます。

神霊そして高級霊魂方から見ると、この世では例えどんなに立派な方であっても、発展途上の魂としてしか映らないようです。

まさに幼稚園児と大人、アリとゾウ、いやそれ以上に掛け離れていると言って過言では無いでしょう。

でもだからこそ神霊そして高級霊魂方は、あまりに尊く高貴な存在だと言えます。

人の魂の本質は、子が親を呼ぶように、神を求め神の懐に抱かれたい、神の下へ帰りたいといった本性を持ち合わせています。

しかしながら、現代では霊的生命体としての自然な姿を見失い、頑なに高貴な存在を拒否・否定するのが普通のように成ってしまいました。

それは駄々っ子が、親に反抗している姿に似ているとも言えるでしょう。

子供が意地を張っていくら「パパもママもいらない!」と叫んでみても、やはりパパ、ママ無しでは生きてはいけません。

日々の食事も必要だし、躾や教育を受けなければ社会に出て行く事が出来ません。

人は過去・現在・未来、魂としての長い長い旅路を歩んでいます。

そしてこの世は本来、より上の世界へ上がる準備段階としての世界とも言えます。

この準備段階の期間に、霊的なパンを食べる。つまり霊的に高級な幽気を吸収し、それによって幽体を成長させ、そして霊的世界の基本の知識を身に付けて置く事が、幼稚園から小学校、この世から幽界に入るという時、スムーズに進む事が出来るように成るのは言うまでも有りません。

幽体の成長と、霊的な基本の知識の修得には、霊的な意味でのパパやママ、そして先生の存在が不可欠です。

人が神を求めるのは、心が弱いからでも何でも無く、本来、魂としての自然な姿。

子が親の名を呼ぶように、素直に神を求めれば良いと言えます。

人は誰しも、必死で生きています。一所懸命に生きています。
そういった中、それだけの事が加われば長い長い魂としての歴史が変わって来ます。

これだけ物質中心主義・無神論が大勢を占めても、それでも神霊そして高級霊魂方は地上の世界に目を向けて下さっています。

そのあまりに深く巨大な愛を、人は知らねばならないと言えるでしょう。

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