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Author:Walk
肉を食べ酒も飲み、妻も子供も居る全くの一般人です。それでも道を求める手立ては有ると信じて、至らぬながら日々、禊(みそぎ)と鎮魂(ちんこん)の霊的トレーニングを行なっています。そんな一修行者の独り言を綴ります。

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霊的生命体(人間)

[幽界] ブログ村キーワード

いつも申し上げますが、人間は本来、霊的生命体です。

人の命はこの世だけで終わるのでは有りません。人には魂が有り、そしてあの世で使用する霊的身体が有ります。

霊的身体の中でも幽体は最も大切です。

幽体は誰しもが、あの世(幽界)で表面の身体として使用します。

この世では肉体と重なっています。

幽体はあくまで身体です。肉体に食物が必要なように、幽体が成長するには霊的な意味での栄養が必要です。

幽体の栄養とはつまり幽気(幽的なエネルギー)の事です。

しかしながら幽気なら何でも良いのでは無く、邪悪な霊魂の発する幽気を吸収してしまっては全く意味が有りません。

それは腐った食物、甚だしくは毒薬を飲んだり食べたりしたようなもので、幽体は不調を起こしてしまいます。

幽体は穢れ、活力が無くなり、幽体オーラは小さく弱いものと成り、邪悪な霊魂から視覚しやすく成ります。

やはり高級な霊魂よりの幽気を吸収しなければなりません。

高級な霊魂よりの幽気を吸収すれば幽体は活力を増し、健全に成り幽体オーラは強く大きなものと成っていきます。

そうすれば高級な霊魂、つまり自身の守護霊や指導霊または補助霊といった存在と密着し、霊的生命体としてのより正しい人生を歩み易く成ります。

良く、巷間では「笑う門に福来る」と言います。確かに社会を生きる上では、明るい笑顔で人に接すれば、人間関係は上手く行き、社会的成功は納め易いでしょう。

しかしながら霊的な観点からすると、笑顔を作ったからといって、それだけで高級な霊魂が傍に寄るというものでは無いのです。

この世の人間が霊魂を見る事が出来ないように、高級な霊魂も地上の人間を見る事は非常に困難なのです。

いくら笑顔を作っても高級な霊魂には、地上の人間が笑った顔をしているのか怒った顔をしているのか判別が出来ません。
それは高級な霊魂と地上世界とはあまりに霊的な距離、霊的な格差が有るからだと言えます。

高級な霊魂から見えるのは地上の人間の霊的な部分。つまり幽体そして幽体オーラ(幽体から発する霊的な光)です。

更に言えば明るく清らかな心を持てば、立派なオーラを持てると言う説も有りますが、そうした事はあり得ません。

あくまで本当の意味でのオーラは幽体から発する霊的な光です。

幽体オーラ(幽体から発する光)は分かりやすく言えば、幽体の生命力・健全度を現しているとも言えます。

ですので幽体オーラが変化するには心では無く、幽体そのものが変化しなければなりません。

多少、心が怒ったり笑ったりした位で幽体は変化しません。

霊的な栄養、つまり高級な幽気(高級な幽的エネルギー)を真に摂る事さえ出来れば幽体は健全に成り活力を増し、高級なオーラを発する事も出来るように成るのです。

単に正しい栄養を摂ったかどうか。悪い栄養を摂れば身体を壊す。ただそれだけなのです。

最近ではパワースポットブームと言う事で、安易にパワーが有るとされる場所へ行き、パワーを貰おうとする行為が流行っています。

しかしそれは霊的には大変危険な事なのです。

霊的に何も分からない人が、テレビ等でパワースポットと言われる神社の神前やご神木に手をかざしたり瞑想をしたりしてパワーを吸収しようとしても、そこにもし邪悪な霊魂のエネルギーしか無ければ、百害有って一理なしと言えます。

現代の聖地と言われる多くの場所は、その昔は有った高級な幽気は殆ど消失してしまっています。

本来、聖地と呼ばれる場所は聖職者が日々、真剣に神・仏の名を呼び修行や儀式を行って、霊的な意味でのお守りをしている必要が有ります。

しかし現代の聖地に仕える聖職者の多くの方が、残念ながら神・仏と言った高貴な存在を信じていません。

甚だしくは、そうした世界の要職が神話に出て来る「神」とは古代の身分の高い人、功績の有った人で、天照大御神もイザナギ大神も全て昔の偉い人間を指しているのだそうです。

そればかりか、聖職者と言われる方々は経営の事で頭が一杯で、お賽銭の事ばかり気に成るようです。

また聖地に集まって来る人達の殆どが、神・仏といった存在は半信半疑で、それでいて「100円も賽銭を投げたんだから願いを叶えろ!」と言った勢いで居ます。

これでは高級な力の降りようはずも有りません。

自分がもし神様の立場と考えたらどうでしょう。そうした場所に高級な力を降ろそうとは思えないはずです。そんなところは見捨てて、もっと別な熱心な人の居るところへ行ってしまう筈です。

神様が居ないばかりか、邪悪な霊魂が「我は神なり」と尤もらしい顔をして居座っている事も有るようです。

流行りは流行りでしか無くまさに「君子危うきに近寄らず」と言えるでしょう。

こうした事は現代のあらゆる宗教にも、あらゆる世界にも言え、何処を見渡しても正しい霊的な栄養(高級な幽的エネルギー)は見当たらなく成ってしまいました。

またパワースポットブームと共にスピリチュアルブームで○○瞑想といった事も流行っているようですが、これもあまりに安易に行われていて、霊的にはかなり危険で心配です。

高級な霊的知覚者が高貴な存在との約束事の下、特別な作法や言葉で成り立つ体系で無い限り、高級な霊的空間を作成し、その上で高級な霊魂の守護・指導を頂く事は出来ません。

安易な瞑想で受け身な上、無防備に成っている所に何時、邪悪な霊魂や未発達霊魂に憑依されるか分かりません。

まさに「憑依して下さい」と言っているようなものなのです。

しかしながら高級な霊的知覚者が作成した体系で有れば、そうした危険は全く有りません。

それ以上に特別な言葉と作法により、高級な霊魂の守護・指導を得て、高級な幽気を吸収し、幽体は活力を増し、それに伴い幽体オーラは強く大きく成り、更に高級な霊魂と密着した人生を歩めるように成ります。

私はそうした体系として水波一郎師の指導される「神伝鎮魂法」を知っています。

「神伝鎮魂法」のような霊的体系は数千年に一度しか現れない神的達人にしか作成は出来ません。

それはそうした歴史的達人にしか高貴な存在との神的な約束事を取り交わす事が出来ないからです。

本来、霊的生命体である人間にとって幽体が健全である事は非常に重要です。

幽体が不健全で有れば、死後は幽体の活力・生命力に相応しい、霊的な光の弱い、下層幽界に落ちてしまいます。

霊的な光の強い、上の世界に上がる事は出来ません。それは光の強い、エネルギーの強い世界では不健全な弱々しい幽体では耐える事が出来ないからです。

幽体の状態に相応しい世界へ自然に吸い込まれて行く・・・。

心の美醜でも無く、閻魔大王の裁定でも無く、生前に積んだ徳でも無く、ただ霊的な法則が働くのみだと言えます。

しかし現代は低い霊的エネルギーは渦巻き、未発達霊魂や邪霊が魃扈し、競争社会で人間同士、念をぶつけ合い、多くの人の幽体は傷付き穢れ、そのままでは下層の幽界へ引っ張られ、吸い込まれてしまう可能性を持っています。

こうした時代だからこそ、多くの方に「霊的トレーニング」を知って欲しいと思うのです。

この世で幸せであるに越した事は有りません。人間で有る以上、それを否定する必要は無いでしょう。
しかし少なくとも幽体だけは健全な状態と成って、全ての人が上層幽界以上に上がれる、そんな世の中と成って欲しい。

もはや時代は流れました。こういった世の中の状況でもうこれ以上、方便や歯に衣着せたようなもの言いは出来なく成りました。

本当の事を言わねばなりません。

暗い部屋の中、一人きりで単なる祈りや瞑想を行っても幽体を強化する事は出来ません。

「霊的トレーニング(神伝鎮魂法)」は霊的生命体である人間にとっての救いの法であると言えます。

もう迷っている暇は有りません。是非、一歩を踏み出して頂きたいと思います・・・。

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