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Walk

Author:Walk
肉を食べ酒も飲み、妻も子供も居る全くの一般人です。それでも道を求める手立ては有ると信じて、至らぬながら日々、禊(みそぎ)と鎮魂(ちんこん)の霊的トレーニングを行なっています。そんな一修行者の独り言を綴ります。

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ハロウィン

10月31日はハロウィンの日。元々ハロウィンは、ケルト民族の収穫感謝祭に起源が有り、その思想や行事がキリスト教に吸収され、キリスト教の布教と共に世界各地に広まって行ったようです。

もちろん日本の伝統行事では有りませんが、最近では日本の各家庭や遊園地でも、イベントの一つとして気軽に楽しまれるように成って来て居ます。

しかし本来のハロウィンは、この世とあの世の間に有る「扉」が開き、相互の間で自由に行き来が可能と成り、死者の霊が家族を訪ねたり、精霊や魔女が出てくると信じられる宗教行事とされています。

それは日本のお盆やお彼岸に先祖の霊が、子孫の家に戻って来ると信じられている思想とも似通って居ます。

ハロウィンにしてもクリスマスにしても、季節のイベントと成り、日本の文化として融けこんで、それ自体は家族や友人・知人との絆を深める日として、欠くべからざる日とも成って来て居ると言えるのでしょう。

しかしながら霊的な視点から見るとどうなのでしょうか。

霊的な法則として、この世とあの世の間に有る「扉」が開いて、相互の間で自由な行き来が許されると言う事実は有りません。

人は死ねば、肉体を脱ぎ捨て幽体を表面の身体として幽界の住人と成ります。

その為、幽界での生活やまた霊魂としての修行にひたすら励む事が、一番自然な姿と言えます。

それを無視して、地上時代の物質的生活の快楽を忘れられず、また幽界での修行が足りないにも関わらず、地上の人間を導く力量も無いのに、地上に居る家族や子孫の事を過度に心配して、地上の次元に戻ってしまう事は、先ず、幽界の先生に当たる霊魂が許して呉れる事は殆ど有りません。

子孫や家族、地上の人間を守る助けるといっても、まだまだ全く力量が無いので、良かれと思って行なう事でも本当の助けとは成らず、地上の人間にとってはありがた迷惑にしか成らないのです。

本当の意味で地上の人間を守り導く事が出来るのは、幽界での修行を長年月かなり積み高級霊魂とも言える霊的なレベルに到達し、更には上位の霊魂の指示と許可を受けてこそ、地上の人間の守護・指導が可能と成ります。

そうした高級霊魂を「守護霊・指導霊」と定義します。

それ以外で地上の次元にやって来る霊魂は、霊魂の先生の許可無く戻って来ているか、邪悪な霊魂またはその手先が地上の人間に悪影響を及ぼす為に来ているかのどちらかと言えるでしょう。

人は霊魂に成ったら、地上への未練は一切捨てて、幽界での生活や修行に励む事が、霊魂にとっての一番の幸せなのです。

それでも地上に戻ろうとする事は、邪悪な霊魂またはその手先に見付けられ、下層の幽界へ引きずり込まれる事にも繋がります。

この世とあの世の間に有る「扉」が開いたり閉まったりする事は無いのです。

しかしながら、霊的な法則としてそうした事実は存在しませんが、人が地上時代の思想や慣習を、幽界にまで持ち込んでしまう事はかなり有るようです。

お盆にしてもハロウィンにしても、それを良く知っていて、その時期は死者は地上に戻るものと信じていれば、お盆やハロウィンに合わせ勝手に地上へ戻って行く霊魂は確かに有るようです。

人には肉体が有り、幽体が有ります。

肉体には肉体の個我が有り、幽体には幽体の個我が有り、それぞれにそれぞれの意識が有って、人は意識の複合体だと言えます。

それが死の瞬間、「肉体の個我」は「幽体の個我」に吸収され、地上時代の記憶も幽体に引き継がれて行くと言えます。

あの世では、肉体が無く、死も無く、その為食べる必要も無いし、寝る必要も無い、労働も必要無く、肉体としてのあらゆる感覚や欲望も消えて行きます。

それでも自分が生前、強く信じて居た宗教や哲学、思想や慣習はなかなか忘れないようで、似たような霊魂が集まってコミュニティを作る事も有るようです。

そしてそうした宗教・思想・信条の対立もかなり起きて居るようです。

今や人は幽界には本来無かったものを地上より持ち込んで、独自の世界を作り上げてしまったようです。

しかしながらそれらは決して、高級霊魂の住まわれる世界では無い事を知らねば成りません。

高級霊魂は地上の宗教や哲学、思想や慣習が霊的な法則、霊的な真実とは全く異なって居る事を深く理解しています。

それらは地上の人間が肉体の脳により考え作りだされたものでしか無いのです。

高級霊魂の意識は地上的なものの全てを超えてしまっています。

ましてや地上のどれほど立派な人の肉体の脳の意識とも比べものには成りません。

人は地上時代に強い心理的ショックを受け「トラウマ」として残る事が有ります。その後の人生で、それは様々な形で浮かび上がり影響を与えるものです。

「トラウマ」とまでは言わずとも、人は急に何かを思い出して、腹が立ったり、楽しく成ったり、悲しく成ったり、そしてその衝動はなかなか止める事が難しいと言えます。

そうした強い衝動を持った心理も、そのまま幽体へ引き継がれ、表面上は忘れて居ても、幽体の意識の奥で眠って居ます。

そしてそうした奥に眠る心理は、かなり進歩した霊魂で有っても、幽体の意識の奥に有って、やがて更なる霊的成長への妨げと成って行きます。

幽体の意識の奥に眠る心理は、浮かび上がらせ霊的に高級な光を当てなければ、それを消す事が出来ません。

しかし幽界での生活では、地上的な経験が出来ない為、霊的な成長の妨げと成る心理は意識の奥でしこりと成って永遠に残って行きます。

そのままでは、ある一定段階以上の霊的な成長は図れません。

人は霊的法則として、地上の世界へ新たな再生を何度も何度も繰り返して居ます。

何度も繰り返す地上への再生の中には、まだ現代のように文明が発達して居ない時代も含まれ、部族同士、民族同士、国同士の戦いは頻繁に有ったと思われます。少し野蛮な言い方には成ってしまいますが、自分が殺した殺された、または家族や大切な人がそのような目に合ったという経験が、全く無いという人は居ないと言えるでしょう。

人には地上への再生が何度も有る以上、どんな人でもそのような強い心理的ショックが、幽体の意識の奥に刻まれて居ます。

当然、前回、前々回、前々々回、それ以上前の地上時代の人生での強い心理的ショックの事は、表面意識では到底覚えては居ません。

それは自分が一週間前に食べた食事の事や、会った人の事を忘れる事も有る事を思えば当然の事と言えるでしょう。

しかし心理学や催眠術等でも言うように、人は表面の意識では忘れて居ても、意識の奥にはあらゆる事を記憶して居ると言えます。

地上へ再生し、過去世の強い心理的ショックを受けた時代の人生と似たような経験をすると、いわゆる「トラウマ」のようなものとしてその心理が浮かび上がり、何だか良く分からないけれど、怖いとか、悲しいとか、腹が立ってしまうとか、好ましいとか、好ましく無いとか、自分でもコントロールの出来ない無意識の衝動として進むべき道を判断し、地上の人生全体に影響を与えて行きます。

この世の生活で浮かび上がった、過去世よりの無意識の強い衝動。つまり「霊的カルマ」に対して、神々そして高級霊魂よりの霊的に高級な光を当て、衝動を和らげ、小さくし、浄めていけば、その人の霊魂としての全体は進歩・向上の道へと進んで行く事が出来ます。

しかしながら、霊的に高級な光により「霊的カルマ」を浄める事も無く、この世の生活を終え、また幽界へ戻り、また地上へ再生をするなら、それはまさに雪ダルマ方式では有りませんが、「霊的カルマ」はどんどん、どんどん膨らむ一方なのです。

そしてそれはその人の霊魂全体としての、進歩どころか退化へとも繋がって行きます。

個々の「霊的カルマ」が集まると、それは国の「霊的カルマ」。国の「霊的カルマ」が集まると人類全体の「霊的カルマ」と言えます。

現代は人類が誕生し、地上への再生を何度も何度も繰り返し、「霊的カルマ」は浄められる事無く、積もりに積もって飽和状態と成って居ると言えます。

「霊的カルマ」を浄め無い限り、罪は罪を呼び、益々自分の首を締め、それは現在の世界の様々な状況を見れば、それを示唆して居る事は誰しも感じるのでは無いでしょうか。

いや実は地上世界だけでは無いのです。

それは地上世界や幽質界までをも含んだ霊的宇宙全体としての退化にも繋がり、そして崩壊へと繋がって居るとも言えます。

霊的宇宙全体はどんどん重く成って行くばかり・・・。

それをくい止めるには、やはり霊的トレーニングとしての「神伝禊法」を行なうしか有りません。

神的達人としてのブッダやキリストも、名前の呼び方は違っても同様の霊的技法をお持ちで居らっしゃっいました。

しかし当時、それを説くだけの環境が無かったと言えます。

時代は流れ、現代に「神伝禊法」はその姿を現しました。

それはまさに「神伝」で有り、神々より示された、人類を真の救いへと導く高度な霊的技法です。

もし一人一人が「神伝禊法」を実修し、神々そして高級霊魂よりの霊的に高級な光を受けるなら、一人一人の「霊的カルマ」のみならず、人類全体としての「霊的カルマ」も解消され、人類全体の霊的な未来は、確実に一歩一歩、真の幸せへと近付いて行く事が出来ると言えるでしょう。

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