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Walk

Author:Walk
肉を食べ酒も飲み、妻も子供も居る全くの一般人です。それでも道を求める手立ては有ると信じて、至らぬながら日々、禊(みそぎ)と鎮魂(ちんこん)の霊的トレーニングを行なっています。そんな一修行者の独り言を綴ります。

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人の気持ちは移り行く。昨日、泣いて居たと思えば今日は笑っています。

またその逆も有ります。

それは人の心は固定されたものでは無く、常に流れているからとも言えます。

それが生きている証で有り、人間らしさでも有ると言えるでしょう。

しかし、それがあまりに極端に成ると、「あの人は気分がコロコロ変わり易い」と言われる事にも成るかも知れません。

やはり心は固まる事無く、それでいて安定して居たい。大河をゆっくりと下る船のように・・・。

それでも、人は心に大きなショックを受けると、自分を見失い、心が折れてしまう事も有ります。

それでも、何とか時間を掛けてでも、また立ち上がり歩んで行きたいものです。

良くも悪しくも、人の心は神秘。目には見えず、形無く、しかし実体が無い訳でも無い。

明らかに何らかの実質を持っています。

そして気持ちの持ち方一つで、元気に成ったり、下を向いてしまったり・・・。肉体に、人生に、影響を与えます。

更には神への信仰も、気持ちの問題と言う人が有ります。

それは、神は実際には居ないけれども、神を信じる事で、気持ちが安定するから、人生にも良い影響を与えるという事なのでしょう。

しかし神への信仰とは、実在の高貴な存在よりの力の流れに入る事。そうした力を受け取る事だと言えます。

表面の心が、明るくても、暗くても本当にそうした力を受けるなら、知らず知らずの内に魂は、大海へと少しずつ少しづつ向い、進歩への航路を、ゆっくり進んで居ると言えるでしょう。

高貴な霊魂方は、今、泣いて居て、それでも神へ心を向けんとする人を、何とかしてやりたいと、辛く、苦しい心情に高貴なる光を当て、その心情を和らげんと為されます。

人は泣いて居てもいい。笑って居てもいい。

しかし高貴なる存在へ心を向けた変わる事の無い、ぶれる事の無い、心の中心だけは、何時いかなる時も、見失わないようにしたいものです。

シロツメクサ

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テーマ: スピリチュアル
ジャンル: 心と身体

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