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Author:Walk
肉を食べ酒も飲み、妻も子供も居る全くの一般人です。それでも道を求める手立ては有ると信じて、至らぬながら日々、禊(みそぎ)と鎮魂(ちんこん)の霊的トレーニングを行なっています。そんな一修行者の独り言を綴ります。

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風 ― 2007-10-29

今日は台風一過でとても良い天気でした。秋というせいも有るかも知れませんが、空気もどことなく澄んでいるような気がします。

特別、大きな被害も無かったようで良かったと思います。

風は時に恐ろしく、時に優しく吹いてくれます。また世の中の塵や汚れも、吹き清めてくれたりもします。

未熟ながらも、私は禊の修行を行なっていますが、一般的に禊はというと水の中に長時間入る根性主義のイメージが強いかと思います。

しかしながら禊は水を利用するものばかりで無く、風を利用する肉体に優しい禊も存在します。

禊は水や風といった物質を媒体として、そこへ高級な気を降ろし、本来は、霊的な意味での清めを行ない、最終的には自分自身の奥の奥に眠っている、神より与えられた高貴なみたまを目覚めさせる事を目的としています。

そういった理由から、高級な気を降ろし得る媒体さえ有れば、水でも火でも風でも禊を行うことが可能と言えます。

しかし、いずれの媒体を使用したとしても、高級な気をそこに降ろし得なければ、それは単にお風呂に入って肉体を綺麗にした程度の意味しか無く、霊的な意味での清めは成り立ちません。

日本の古代人は決して原始人では無く、こういった事を理解した上での高度な禊を行なっていたようです。

しかし発達した文明を持った現代に行なわれる禊の多くが、こういった霊的な意味は忘れ去られ、単なるパフォーマンスや形だけの儀式または根性主義、精神主義で、肉体的な汚れは落ちても、霊的な意味での穢れまでは落とせないのが現状と言えます。

甚だしくは、却って肉体や精神を壊す場合も有るようです。

日本の古典には書かれています。

イザナギの神が黄泉の国へ行って付いた黄泉の国の穢れを禊によって清め、またそれによって最後には最も尊い三人の神々が生まれられたと。

古代人が行なっていたような高級な禊を多くの方が知って頂けたらと思うものです。


テーマ: 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル: 心と身体

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