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肉を食べ酒も飲み、妻も子供も居る全くの一般人です。それでも道を求める手立ては有ると信じて、至らぬながら日々、禊(みそぎ)と鎮魂(ちんこん)の霊的トレーニングを行なっています。そんな一修行者の独り言を綴ります。

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悟り

世の中には「悟り」という言葉が有ります。

霊魂学で用いる言葉では有りませんが、ここでは敢えてその言葉を借りて文章を進めたいと思います。

巷間では「悟り」と言うと、究極の境地、神仏との合一といったイメージとして捉えられています。

悟ってしまえば、エベレストの頂上に立ったようなもので、もうその上は無いと言う事なのでしょう。

しかしながら、現実はどうでしょうか。

エベレストの上を飛行機は飛び、遥か上には人工衛星も周回しています。

更には日月が輝き、その向こうは宇宙の涯へと続いて行きます。

常に上には上が有るものです。

私は「悟り」というものは無いと思っています。

小さな小さな人間が神仏に成る事は無いし、人間である以上どこまで行っても、必ず不完全だからです。

もし自らを神・仏、キリストやブッダの生まれ変わりを名乗る人が居たら聞いてみるべきです。

「あなたはこれまでどれだけの修行を積んで来ましたか?イエス師のように多くの人の為、磔けに成る事が出来ますか?」と・・・。

どんな世界も大言壮語を吐く人に本物は居ません。

少しばかり知識をかじり、修行の真似事をして、全てを知ったと勘違いし、自己主張をしたいだけの自称達人のデビューが増えています。

自分を見つめ、自身の人間としての未熟さを知るなら決してそのような宣言は出来るものでは有りません。

悟った人は何よりも偉く救われている人ですから、高貴な神的・霊的存在はその立派な人に救いの力を降ろされる事は有りません。

逆に悪魔に魂を売り、背後に強力な邪霊を従える事だと言えます。

それによって地獄へ落ちようと、それは本人の自由意志が決めた事で仕方の無い事でしょう。

しかしながら困るのは自称達人の弁舌に騙されて、そうした人に付いて行く人も居らっしゃる事です。

いつも申し上げますように、この世もあの世も上手い話しは決して有りません。

人はたくさんの道の中からどの道を選ぶのも自由です。

しかし道を選ぶにもやはりよくよく吟味して、自称達人の犠牲には成らないようにして頂きたいものです。

もし敢えて「悟り」というものの定義を、数ある段階の一つとするなら、それは有ると言えるかも知れません。

昔、ある高僧は言われたそうです。

「大悟十八回、少悟は数知れず」と・・・。

その意味するところは、一度悟ったら終わりでは無く、その階梯は無限に続いて行くという事です。

自分は師を越えたとか、自分が救い主だとか、自分は宇宙の大霊と交信しているとか、そのような事を言い出したら終わりです。

何しろ究極の境地に到達し、ゴールに辿り着いたわけですから、それ以上は有りません。

そして最も罪が深いのは、本物の神的達人の活動の足を引っ張る事です。

それはあらゆる高貴な霊魂を敵に回し、永遠に地獄の火に焼かれ決して救いが訪れる事は有りません。

テーマ: 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル: 心と身体

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