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肉を食べ酒も飲み、妻も子供も居る全くの一般人です。それでも道を求める手立ては有ると信じて、至らぬながら日々、禊(みそぎ)と鎮魂(ちんこん)の霊的トレーニングを行なっています。そんな一修行者の独り言を綴ります。

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流れ

「神伝の法」は技法と力の流れと言えます。

それは師よりまたは師の命を受けた指導担当者より伝えられます。

それは形だけの作法では有りません。

例えば指導者が仮に師より任された中学生で有ったとしても、その指導者に礼を尽くす時、指導者の背後に居らっしゃる高貴な霊魂からの力が流れて来ます。

もし指導者が中学生だからと、馬鹿にしたり見下すような態度や発言を取る人には決して高貴な力は流れません。

形だけ教わって、肝心の中身は受け取っていない事に成ります。

しかしこれは難しい事を言っているのでは無くて、社会生活をする上で、仕事でも趣味でも自分より年下の人に何かを教わる場面はいくらでも有ると思います。

そういった時、指導の立場に立つ人は失礼な態度を取る人に何かを一生懸命伝える事が出来るでしょうか。

やはり誰しも人間なので、生徒があまりに失礼だと教える熱意が薄れるのは仕方の無い事と言えるでしょう。

例え指導者が中学生で有ったとしても、一旦師より任された以上、その方は師のご名代です。

少なくとも指導者の立場で居る時、その背後には非常に高貴な力が流れています。

教わる側がどんなに偉い人で有っても、そこにこの世の経験、地位、名誉は一切通用しません。

それらを捨てて素直に頭を下げられる人にこそ高貴な力は流れます。

逆に「おい、教えろ」と言う態度や想いでは高貴な霊魂はそっぽを向いてしまいます。

神伝の法の技術は簡単で形だけなら誰でも覚えられます。

しかしそこに魂を入れるのは自分自身の心構えや努力です。

力の流れを受ける事無く、形だけ習得しても技法としての真価は発揮出来ません。

それ無くして、いかに高度な伝法を受けたとしても意味が有りません。

力の流れ。それが最も大切なのだと言えます。

テーマ: 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル: 心と身体

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