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Author:Walk
肉を食べ酒も飲み、妻も子供も居る全くの一般人です。それでも道を求める手立ては有ると信じて、至らぬながら日々、禊(みそぎ)と鎮魂(ちんこん)の霊的トレーニングを行なっています。そんな一修行者の独り言を綴ります。

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危機管理

最近は危機管理という事が良く取り沙汰されます。

欧米などはかなり厳しいようで、想定外を想定した対策を取るというのは普通のようです。

しかしながら日本では「想定外の事は起こる訳が無い。何とか成る。悪い事を想っていると、本当に悪い事が起きてしまう。」といった風潮が有るように思います。

欧米の人達はYes/Noがはっきりしています。良くも悪しくも日本人のように物事をオブラートに包み、何事も曖昧にしてしまう国民性とは異なります。

そうした曖昧なところが、他の良いものは良いと、何でも受け入れる懐の広さにも繋がりますが、それが物事の本質を見ないで、臭いものに蓋をするといった事にも繋がっています。

昔、高い山へ登る人達で「自分は大丈夫だ。」と保険を掛けないで登る人ほど、却って事故に遭うという事も聞いた事が有ります。

やはり見たくは無い。思いたくは無い事で有っても、その現実から目を背けず必要な準備はきちんとするべきだと言えるでしょう。

あの世が有るのか無いのか。霊魂は居るのか居ないのか。下層幽界は有るのか無いのか。それは必ずいずれかの一つです。

危機管理という観点から考えると、どちらの考え方の方がリスクが大きいでしょうか?

「あの世は無い。神も霊魂も居ない。」として霊的な世界を前提にする事無く生き、それでもやはりあの世が有った時、神や霊魂を否定し罵しって来た人を、果たして神や霊魂が救ってくれるでしょうか。

決して見向きもして貰えないでしょう。

もし仮に真剣に神や霊魂を信じて生きて、それでもあの世は無く、肉体が朽ち終ったとしても、精神的には満たされ充実した人生だったと言えるでしょう。

やはり神や霊魂を否定して生きる方があまりにもリスクが大きい。

下層幽界へ落ちてからでは、いくら「想定外だった。」と言ってみても、後悔先に立たずと言えるでしょう。


テーマ: 思ったこと・感じたこと
ジャンル: 日記

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