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Walk

Author:Walk
肉を食べ酒も飲み、妻も子供も居る全くの一般人です。それでも道を求める手立ては有ると信じて、至らぬながら日々、禊(みそぎ)と鎮魂(ちんこん)の霊的トレーニングを行なっています。そんな一修行者の独り言を綴ります。

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豪雨

またもや、各地で豪雨の被害が有りました。

どう考えてもこういった災害が増えていると思います。

しかし、災害の裏では霊的な流れも有り、場合によっては邪悪な霊魂が関与する事が有るのもご存知でしょうか。

当然、温暖化対策は大切です。そういった物理的対処も行なわないと、自然界の物理法則に押し潰されるでしょう。

ただ、先に述べた霊的な動きは、物理的な対策によって消滅させる事は出来ません。

温暖化はストップしても、また別の形で現れてくるでしょう。

あたかも、ある病気を薬で無理矢理押さえても、別の症状が現れる事と似ていると思います。

みなで立ち上がり、力を合わせて八俣の大蛇(やまたのおろち)を退治しないといけない時だと思います。

★ 目に見えない世界の絵による説明です。
   ↓
絵で見る霊的な事

テーマ: 気になったニュース
ジャンル: ニュース

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こんにちは

確かに自然法則の人間に及ぼす多大な悪影響に対処するには、形而上学的と物理的な接近が必要でしょう。
人間は、特に現代人は、そのような「不可視」の現象にやや「無関心」なようですね。そこに「在る」という直接認識性ばかりに固執しすぎているように思います。その「ある」ことに対して、知的実践を怠っている証拠です。「ものがある」ことを追究しなければならないのですね。

お返事

丁寧なコメントありがとうございます。
私などのことを少しでも気にかけてくれて、本当にありがたいことだと心から感動しています。Walkさん、改めて感謝します
さて、Walkさんもおっしゃるとおり、「ある」といことは主観的にも客観的にも「大事件」なんですね。私は随分と、そのことを考え、懊悩してきました。
古い昔、今の東京大学の哲学を学んでいた藤村さんは「人生不可解」だと楷書を残し、自殺したといいますね。
まあ、その有名な逸話には、まだまだ個人の感情的心裡の作用などもあるのでしょうが、結局、世の中が不可解だと考えている以上は苦しいものです。
また自分が「生きている」その重責。私は如何に生きるのか。そして罪を犯しています。私は仏教(浄土真宗)を信じています。人間の生まれそのものを「苦しみ」と説いている部分をはじめ、多くの共感を覚える「教え」があったからでしょう。
生きる事は「責任」です。自分の躯体を早朝から押して仕事に行き、昼は働き、夜は寝ます。これは「生きる」暗黙の義務があるからではないでしょうか。いわゆる「四苦八苦」はこのような日常から生じます。私は心の折れやすい人間です。だから哲学と宗教に真理を求めた時期もありました。(結局、今現在の価値は真そのものですが。)
Walkさんのブログに一貫して主張されている「霊的」という世界も、かならず真にあるので「ある」のです。人は科学が人間の精神に台等してから「見えない」ものを信じられなくなりました。近年の冷酷非道な殺人事件の背景には、実はこの精神的変遷が作用しているのではないかと考えたくらいです。
(あまり関係ありませんが、御守りを捨てられないが飛行機に乗る日本人、となにかの本で読んだ事があります。御守りを単なる物質と考えないから、我々は捨てられないのです。つまりなにか臨在的なものを察知しているんですね。)
さて仏陀についてですけれども、わたしはまだまだ勉強不足で仏陀の人生ならびに教義に通じていません。しかし「諸行無常」などのように流れる世界(眼耳鼻舌身意の六根で色声香味触法の六境を感受していることの流れでしたか)にはつくづく感動しています。
つまり仏教は「固定された」自分を認めないのです。世でいう「アイデンティティ」だとか「自我」というものを否定しているんですね。自分も時間と共に微細ながら形状を変えています。現在進行形で変化していきます。無常でもありますし、それが安堵でもあります。
Walkさんもおっしゃられているように、言葉は無力となることがあります。
私が「考えている事」は他人にどれだけ伝わりましょうか。
いわゆる四代聖人はみな、このことを確実に知っていたようですね。そして彼らの真意は今に生きているのです。
恐らく生きているのでしょう。
人間は悲しき生き物です。しかし、だからこそ人間として自覚し、この人生を全うしなければいけないのですかね。
まだまだ、私も考えていかなくてはなりません。「人生不可解、なれど悪くもなし」
精神が人間を生かしているのですから、人生を解釈するのも精神でなくてはなりません。
少し長くなりました、これから少しづつ気温が低くなりますね。お体だけは大事にしてくださいね。
では、
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